サネデジャンブからチャドナムへ?韓国男性の理想像と文化背景、モテる男の変遷
韓国社会において、男性がどのように見られ、どのような役割を期待されてきたのか。その鍵となる言葉の一つが「사내대장부 (サネデジャンブ)」です。韓国の男性は、幼い頃からこの言葉を何度も耳にして育つと言います。「사내 (サネ)」は「男」、「대장부 (テジャンブ)」は漢字で「大丈夫」と書き、「男の中の男」「ますらお」といった意味を持ちます。
この記事では、韓国における伝統的な男性像「サネデジャンブ」の文化的な背景、そして時代とともに変化してきた「モテる男性像」の変遷、さらにはそれと対比される女性像についても掘り下げていきます。
目次
韓国男性を縛る?「사내대장부 (サネデジャンブ)」の本当の意味
「サネデジャンブ」という言葉には、韓国社会が伝統的に男性に求めてきた理想像が集約されています。
「男の中の男」に求められる資質とは?
「サネデジャンブ」たるもの、どうあるべきか。それは、以下のような言葉によく表れています。
「サネデジャンブがなぜ涙を見せる」
「サネデジャンブが酒の一杯も飲めないのか」
「サネデジャンブがそんな小さなことを気にしてどうする」
「サネデジャンブが一度した約束は命がけで守らなければならない」
これらの言葉からわかるように、「サネデジャンブ」には、強靭な精神力と肉体、感情を表に出さない(特に涙を見せない)寡黙さ、些細なことに動じない広い心(度量)、そして一度口にしたことや約束は必ず守る責任感と実行力などが求められます。弱音を吐かず、常に頼りがいのある存在であることが期待されるのです。
なぜ「サネデジャンブ」が重視されてきたのか?歴史的・文化的背景
このような男性像が理想とされてきた背景には、いくつかの要因が考えられます。
- 儒教文化の影響:家父長制を重んじる儒教の価値観の下、男性は家長として家族を守り、導く責任を負う存在とされてきました。そのため、強いリーダーシップや責任感が男性の美徳とされたのです。
- 歴史的背景:度重なる戦争や厳しい社会状況の中で、男性は外敵や困難から家族を守る役割を担ってきました。そのため、肉体的な強さや精神的な逞しさが不可欠と考えられました。
- 兵役義務:現代においても、韓国の成人男性には兵役の義務があります。厳しい訓練を通じて、精神力や忍耐力、協調性などが養われる(あるいは求められる)ことも、「男らしさ」の形成に影響を与えていると言われます。
これらの要因が複合的に絡み合い、「サネデジャンブ」という理想の男性像が韓国社会に深く根付いていったと考えられます。
「サネデジャンブマニュアル」と男性への無言の圧力
「男に生まれた」というだけで、感情を抑え、まるで「サネデジャンブマニュアル」に書かれているかのように振る舞うことを、社会から暗に期待される。これは、多くの韓国人男性にとって、無言のプレッシャーとなってきました。
記事にあるように、かつては「料理人になりたい」という夢さえ、「男らしくない」として否定されることもあったのです。職業選択においても、社会的な成功やリーダーシップを発揮できる分野に進むことが期待されがちでした。
近年、男女平等意識の高まりとともに、こうした固定的な「男らしさ」の規範は変化しつつありますが、特に年配の世代には、いまだに「男はこうあるべき」という考え方が根強く残っています。

「サネデジャンブ」として家族を支えてきた父親たちの背中には、責任感と、時に孤独がにじむ。
理想の裏にある孤独:韓国の父親像「アボジ」
常に強く、頼りがいのある存在であることを求められる「サネデジャンブ」。しかし、それは同時に、弱さを見せること、他人に頼ること、感情を素直に表現することを許されない、という状況を生み出してきました。
特に、一家の大黒柱である父親「아버지 (アボジ)」は、家族の前では決して涙を見せず、辛いことや苦しいことがあっても一人で抱え込み、黙々と家族のために働き続ける…そんなイメージが強くあります。韓国ドラマや映画でも、寡黙で不器用だけれども、深い愛情を持つ父親像がしばしば描かれます。
しかし、人間である以上、喜びも悲しみも怒りも感じるのは当然のこと。「サネデジャンブ」という理想像は、時に韓国の男性を「孤独」という鎖で縛り付けてきたのかもしれません。その言葉にならない感情や孤独感が、ふとした瞬間に見せる父親の後ろ姿に表れている、と感じる人も少なくないのです。
サネデジャンブの対極?「밴댕이 소갈머리 (ベンデンイ ソガルモリ)」とは
「サネデジャンブ」が理想の男性像とされる一方で、その対極に位置づけられる、軽蔑的な表現もあります。
狭量な人を表す言葉の意味と由来
気が変わりやすく、口が軽く、些細なことにこだわり、心が狭い(度量が小さい)人のことを、「밴댕이 소갈머리 (ベンデンイ ソガルモリ)」と言います。「밴댕이 (ベンデンイ)」は「サッパ」という小魚の名前、「소갈머리 (ソガルモリ)」は「心根」「性質」などを意味する俗語です。
なぜ「サッパ」という魚が例えられるのか?一説には、このサッパという魚は非常に気が短く、網で捕らえられると、その悔しさのあまりすぐに死んでしまう、という俗説があるためだそうです。その性質になぞらえて、心が狭く、すぐにカッとなったり、根に持ったりする人を指すようになったと言われています。
なぜ男性は「ベンデンイ」であってはならないのか?
記事中では、女性の性質を様々なもの(花の美しさ、鳥の声、虹、風、波、羊の穏やかさ、狐のずる賢さ、雲の気ままさ、夕立の変わりやすさ)を混ぜ合わせて作られたものだと例え、気まぐれさや変わりやすさもある程度許容される、という古い考え方を紹介しています。(これはあくまで過去のジェンダー観に基づく例え話です。)
それに対し、男性が「ベンデンイ」のように狭量で、感情的で、責任感のない振る舞いをすることは、「サネデジャンブ」の理想とは真逆であり、「器の小さい奴」「男らしくない」として、特に強く否定的に捉えられてきた、という背景があるようです。
時代は変わる?現代韓国で人気の男性像
伝統的な「サネデジャンブ」像が根強い一方で、時代の変化とともに、特に若い世代の間で「モテる男性像」も多様化しています。
「나쁜 남자 (ナップン ナムジャ:悪い男)」がモテる理由
数年前から韓国でしばしば話題になるのが、「나쁜 남자 (ナップン ナムジャ:悪い男)」というタイプです。これは、文字通りの悪人という意味ではなく、普段はクールで女性に媚びないけれど、いざという時には情熱的になったり、不器用ながらも愛情を示したりするような、ギャップのある男性を指すことが多いです。一筋縄ではいかない危うさやミステリアスな魅力が、女性の心を掴む要因とされました。多くの人気ドラマで、こうしたタイプの男性キャラクターが登場し、ブームを後押ししました。

現代的な魅力?クールでミステリアスな「チャドナム」も人気のタイプ。
「차도남 (チャドナム)」「까도남 (カドナム)」とは?冷たい都市の男の魅力
「ナップンナムジャ」と関連して生まれた言葉が、「차도남 (チャドナム)」と「까도남 (カドナム)」です。
- 차도남 (チャドナム): 「차가운 도시 남자 (チャガウン トシ ナムジャ:冷たい都市の男)」の略。都会的で洗練されており、知的でクール、感情をあまり表に出さないタイプの男性。
- 까도남 (カドナム): 「까칠한 도시 남자 (カチラン トシ ナムジャ:気難しい/トゲのある都市の男)」の略。チャドナムに似ていますが、より気難しく、皮肉屋で、近づきがたい雰囲気を持つ男性。
これらのタイプも、普段のクールさや気難しさの裏にある優しさや純粋さといったギャップが魅力とされ、ドラマなどを通じて人気の男性像となりました。
恋愛と結婚で異なる?「순정파 (スンジョンパ:純情派)」の位置づけ
一方で、一人の女性を一途に思い続ける、誠実で優しい男性を「순정파 (スンジョンパ:純情派)」と言います。恋愛においては、「ナップンナムジャ」のような刺激的なタイプに惹かれる女性もいるかもしれませんが、結婚相手としては、やはり安心感のある「純情派」が良い、と考える人も多いようです。
【会話例:理想の男性像】
희애; 미애야, 너 남자친구는 어떤 스타일이야? 차도남?
ヒエ:ミエちゃん、(あなたの)彼氏はどんなスタイルなの?チャドナム?미애; 전혀, 그냥 보통이야. 희애는 어떤 스타일의 남자가 좋아?
ミエ:全然、まあ普通だよ。ヒエちゃんはどんなスタイルの男性がいいの?희애; 연애는 차도남이 좋고, 결혼은 순정파?
ヒエ:恋愛はチャドナムがいいし、結婚は純情派かな?미애; 그렇지…그렇게 되면 좋겠다.
ミエ:そうだね…そうなったらいいね。
恋愛と結婚で求める男性像が異なる、というのは、多くの女性にとって共感できる部分かもしれません。
近年のさらなる変化:優しさや共感力への注目
「ナップンナムジャ」ブームも一段落し、近年では、単なるクールさや強さだけでなく、優しさ、共感力、コミュニケーション能力、家庭的な側面なども、男性の魅力として重視される傾向が強まっています。仕事一筋の「サネデジャンブ」タイプよりも、パートナーと対等な関係を築き、家事や育児にも積極的に関わる男性が理想とされる風潮も生まれています。ジェンダーに対する価値観が多様化し、より人間的な魅力が評価される時代になってきていると言えるでしょう。
男性像と対比される?現代の女性像「된장녀 (テンジャンニョ)」と「간장녀 (カンジャンニョ)」
男性像について見てきましたが、これと対比される形で、現代の女性のライフスタイルを類型化するような俗語も生まれました。それが「된장녀 (テンジャンニョ:味噌女)」と「간장녀 (カンジャンニョ:醤油女)」です。(※これらの言葉は特定の価値観を反映しており、現在ではあまり使われなくなってきている側面もあります。)
味噌女(テンジャンニョ)の意味と社会的背景
「된장녀 (テンジャンニョ:味噌女)」は、2000年代半ば頃に登場した言葉で、主に「自分の収入に見合わない高価なブランド品を買い漁り、贅沢な生活を送る(特に親や恋人のお金に頼って)女性」を揶揄する言葉として使われました。スターバックスのコーヒー片手にブランドバッグを持つ、といったイメージが典型とされました。
この言葉が広まった背景には、経済格差の拡大や、消費主義・拝金主義への批判、そして一部の女性のライフスタイルに対する反発などがあったと考えられています。
醤油女(カンジャンニョ)の意味と評価
「味噌女」と対比される形で生まれたのが「간장녀 (カンジャンニョ:醤油女)」です。こちらは、「自分で稼いだお金で堅実に生活し、無駄遣いをせず貯金をする、倹約家の女性」を指します。一般的には、ポジティブな意味合いで使われることが多い言葉です。
【会話例:女性のタイプ】
현빈; 여자친구가 또 명품 핸드백을 샀어. 물론 부모님이 사주셨어.
ヒョンビン; 彼女がまたブランド品のバックを買ったよ。もちろん、親が買ってあげたけどね。종민; 아, 된장녀구나…결혼은 지금 여자친구랑 하면 안되겠다.
ジョンミン; そうか、味噌女だね…結婚は今の彼女とはしない方がいいかもね。현빈; 그렇지? 나도 그렇게 생각해. 종민의 여자친구는 어때?
ヒョンビン;そうだよね?僕もそう思う。ジョンミンの彼女はどう?종민; 현빈 여자친구랑은 좀 달라. 일하고 받은 월급으로 저금하고 …
ジョンミン;ヒョンビンの彼女とはちょっと違うよ。仕事して稼いだ給料で貯金して…현빈; 아, 간장녀구나…
ヒョンビン;そうか、醤油女だね…
なぜ「味噌」と「醤油」?その由来
なぜ「味噌」と「醤油」という調味料の名前が使われたのか、その明確な由来は定かではありません。一説には、テンジャン(味噌)はククス(麺)など安価な料理にも使われるが、ブランド品を買い漁る女性が好むような高級料理にはあまり使われない(=身の丈に合わない消費をする)という皮肉、あるいは、テンジャン(色が濃い)=見栄っ張り、カンジャン(色が薄い)=質素、といったイメージから来ている、など様々な解釈があります。
これらの言葉は今も使われる?現代的な視点
「味噌女」「醤油女」といった言葉は、登場から時間が経ち、特定の女性像をステレオタイプ化するものとして批判も受けたことから、現在では以前ほど頻繁には使われなくなってきています。特に若い世代では死語と捉えられている側面もあります。しかし、これらの言葉が生まれた背景にある社会状況や価値観を知ることは、現代韓国社会の一側面を理解する上で参考になるかもしれません。
まとめ:「男らしさ」「女らしさ」の規範とその変化
この記事では、韓国における伝統的な男性像「サネデジャンブ」から、現代の多様化するモテる男性像、そしてそれに関連する女性像までを見てきました。
かつては「男は強く、寡黙で、責任感が強いべき」という「サネデジャンブマニュアル」が男性に無言の圧力をかけてきましたが、社会の変化とともに、その規範は絶対的なものではなくなってきています。クールな「チャドナム」や、さらには優しさや共感力を持つ男性など、求められる男性像はより多様化しています。
一方で、「味噌女」「醤油女」といった言葉に象徴されるように、女性に対しても特定のライフスタイルや価値観に基づく類型化が行われる側面もありました。
現代の韓国社会は、伝統的な価値観と新しい価値観が混在し、変化し続けています。「男らしさ」「女らしさ」といった固定的な規範にとらわれず、一人ひとりの個性や人間性が尊重される社会へと、少しずつ移行している過程にあると言えるでしょう。こうした文化的な背景や変化を知ることは、韓国の人々や社会をより深く理解するための助けとなるはずです。