朝鮮王朝・朝鮮歴代王~第15代王までの歴史・系図

  1. 韓国歴史・文化

朝鮮王朝の歴代王(太祖~光海君)パーフェクトガイド|系図・歴史・ドラマ情報満載

韓国時代劇ドラマや映画を見ていると、次々と登場する魅力的な王様たち。「あの王様はどんな人だったんだろう?」「この事件はどの王様の時代に起きたの?」と、朝鮮王朝の歴史に興味を持った方も多いのではないでしょうか? 約500年間にわたり続いた朝鮮王朝には、27人の王が存在し、それぞれが個性的な治世を繰り広げました。聖君と呼ばれる名君もいれば、暴君として廃位された王、悲劇的な運命を辿った王も…

この記事では、朝鮮王朝の初代王・太祖から、激動の時代を生きた第15代王・光海君までの王たちに焦点を当て、その人物像、主な功績や出来事、そして彼らが描かれたドラマや映画情報まで、分かりやすく解説していきます。この記事を読めば、韓国時代劇がもっと面白くなること間違いなし!波乱万丈な朝鮮王朝前期の世界へご案内します。

(※王の代数は即位順、在位年は旧暦に基づきます。名前は廟号(死後に贈られる称号)を基本とし、必要に応じて諱(本名)や君号を併記します。)

朝鮮王朝の始まり

朝鮮王朝の初代王、太祖・李成桂の肖像画風イラスト

高麗末期の英雄から新王朝の創始者へ。太祖・李成桂。

初代 太祖(태조:テジョ) 李成桂(이성계:イ・ソンゲ)

  • 在位: 1392年 – 1398年
  • 概要: 朝鮮王朝の創始者。元々は高麗王朝末期の有力な武将であり、倭寇(わこう)や紅巾賊(こうきんぞく)の討伐で大きな功績を挙げ、民衆からの人気も高かった人物です。1388年、遼東征伐に反対してクーデター(威化島回軍:ウィファドフェグン)を起こし、高麗の政治・軍事の実権を掌握。その後、鄭道伝(チョン・ドジョン)ら新進の改革派官僚(新興士大夫)と共に、腐敗した高麗王朝を倒し、1392年に新たな王朝「朝鮮」を建国しました。
  • 主な功績・出来事:

    • 朝鮮王朝建国
    • 首都を漢陽(ハニャン、現在のソウル)に遷都し、景福宮(キョンボックン)などを建設
    • 仏教を抑圧し、儒教(特に朱子学)を国家の統治理念とする
    • しかし、晩年は後継者問題(どの息子を世子にするか)をめぐって息子たちが争う「王子の乱」が起こり、失意のうちに退位しました。
  • 関連作品(ドラマ・映画): 『龍の涙』(1996-1998)、『鄭道伝』(2014)、『六龍が飛ぶ』(2015-2016)、『私の国』(2019) など、朝鮮建国期を描いた作品に必ず登場します。

建国の功臣と初期の王たち

第2代 定宗(정종:チョンジョン)

  • 在位: 1398年 – 1400年
  • 概要: 太祖・李成桂の次男。長男は早くに亡くなっていたため、実質的な長男格。父・太祖が最も寵愛した後妻の息子(異母弟)を世子に立てようとしたことに反発した、五男の李芳遠(イ・バンウォン、後の太宗)が起こした「第一次王子の乱」(1398年)の結果、世子となり、太祖の譲位を受けて即位しました。しかし、実権は依然として弟の李芳遠が握っており、自身も政治への関心は薄かったとされます。
  • 主な出来事:

    • 在位中に「第二次王子の乱」(1400年)が発生。
    • 乱を鎮圧した李芳遠を世弟(王位継承者である弟)とし、わずか2年で譲位しました。
  • 関連作品: 『龍の涙』、『六龍が飛ぶ』、『太宗イ・バンウォン』(2021-2022) など。

第3代 太宗(태종:テジョン) 李芳遠(이방원:イ・バンウォン)

  • 在位: 1400年 – 1418年
  • 概要: 太祖・李成桂の五男。父と共に朝鮮建国に大きく貢献しましたが、世子に選ばれなかったことに不満を持ち、「王子の乱」を引き起こして異母弟や功臣たちを殺害、兄・定宗を経て自ら王位に就きました。非常に強い意志と行動力を持ち、冷徹な手段も厭わない君主でした。
  • 主な功績・出来事:

    • 王権強化: 建国功臣や外戚(妻の実家)の勢力を徹底的に排除し、王の権力を確立しました。私兵を廃止し、軍事権を王に集中させました。
    • 制度整備: 政治制度(六曹直啓制:ユクチョチッケジェ – 各官庁が直接王に報告するシステム)、行政区画の整備、戸籍制度の強化、紙幣(楮貨:チョファ)の発行など、国家の統治基盤を固めました。
    • 後継者選定: 優れた資質を持つ三男の忠寧大君(チュンニョンデグン、後の世宗)を世子とし、自らは上王となって後見しました。
  • 関連作品: 『龍の涙』、『大王世宗』(2008)、『根の深い木』(2011)、『六龍が飛ぶ』、『私の国』、『太宗イ・バンウォン』など、多くの作品で重要人物として描かれます。冷徹さとカリスマ性を併せ持つ複雑な人物像が魅力です。

朝鮮王朝の黄金時代

集賢殿で学者たちと議論する世宗大王のイラスト

ハングルを創り、文化を花開かせた聖君、世宗大王。

第4代 世宗(세종:セジョン)

  • 在位: 1418年 – 1450年
  • 概要: 太宗の三男。朝鮮王朝史上最高の聖君と称えられ、現在でも韓国で最も尊敬される歴史上の人物の一人です。「大王(テワン)」の称号で呼ばれることもあります。父・太宗が築いた安定した基盤の上で、学問、文化、科学技術、国防など、あらゆる分野で輝かしい業績を上げ、朝鮮王朝の黄金時代を築きました。民衆を深く愛し、民衆のための政治を目指したことでも知られます。
  • 主な功績・出来事:

    • 訓民正音(훈민정음:フンミンジョンウム)創製: 最大の功績。庶民でも容易に読み書きできる独自の文字、ハングルを創り出し、公布しました。これにより、朝鮮の文化は飛躍的に発展しました。
    • 集賢殿(집현전:チピョンジョン)設置: 若く有能な学者たちを集め、学問研究や政策立案を行わせる機関を設置し、学術を奨励しました。
    • 科学技術の発展: チャン・ヨンシル(蔣英実)などの科学者を登用し、測雨器(世界初とされる雨量計)、日時計(仰釜日晷:アンブイルグ)、水時計(自撃漏:チャギョンヌ)などを発明・改良させました。
    • 領土拡張と国防強化: 北方の女真族を討伐し、鴨緑江・豆満江流域に四郡六鎮(サグンユクチン)を設置して国境線を確立。軍事技術の開発や火砲の改良も進めました。
    • 文化・芸術の振興: 音楽(雅楽の整備、独自の楽器開発)、印刷術(金属活字の改良)、医学、農学など、様々な分野で文化が花開きました。
  • 関連作品: 『大王世宗』、『根の深い木』、『チャン・ヨンシル~朝鮮伝説の科学者~』(2016)、映画『世宗大王 星を追う者たち』(2019)、映画『王の願い ハングルの始まり』(2019) など、多数。その偉大さと人間的な苦悩が描かれます。

第5代 文宗(문종:ムンジョン)

  • 在位: 1450年 – 1452年
  • 概要: 世宗の長男。父・世宗の治世を長年にわたり世子として補佐し、優れた資質を持っていましたが、生まれつき病弱で、即位後わずか2年余りで病死してしまいました。温和で学問を好み、父の政策を引き継ごうとしましたが、その短い治世では大きな業績を残すことはできませんでした。
  • 関連作品: 『大王世宗』、『王女の男』(2011)、『王と妃』(1998-2000) など。

王位簒奪と混乱の時代

第6代 端宗(단종:タンジョン)

  • 在位: 1452年 – 1455年
  • 概要: 文宗の長男。父の早世により、わずか11歳で即位しました。しかし、若すぎる王を補佐する高官たちと、王位を狙う叔父の首陽大君(スヤンデグン、世宗の次男、後の世祖)との間で権力争いが激化。1453年、首陽大君がクーデター(癸酉靖難:ケユジョンナン)を起こして実権を掌握し、端宗は譲位を強要され、上王となります。その後、流刑地で死を賜り、16歳という若さで悲劇的な最期を遂げました。朝鮮王朝史上、最も悲運な王として知られます。
  • 関連作品: 『王女の男』(端宗の姉・敬恵公主と首陽大君に敵対する青年との悲恋)、『王と妃』、『根の深い木』(端宗の復位運動に触れる場面あり)など。

第7代 世祖(세조:セジョ)

  • 在位: 1455年 – 1468年
  • 概要: 世宗の次男で、端宗の叔父。元の名前は首陽大君(スヤンデグン)。野心的で強力なリーダーシップを持ち、兄・文宗の死後、幼い甥・端宗から王位を奪うためクーデター(癸酉靖難)を敢行。反対派の臣下や王族を粛清し、端宗を廃位させて自ら王位に就きました。
  • 主な功績・出来事:

    • 王権強化: クーデター後も、反対勢力(死六臣など)の弾圧を続け、王権の絶対化を図りました。集賢殿を廃止。
    • 法典編纂: 父・世宗の代から始まった国家の基本法典である『経国大典(キョングクテジョン)』の編纂事業を本格化させました。(完成は成宗代)
    • 国防強化・領土安定: 北方の国境防衛を強化しました。
    • 仏教保護: 儒教を国教とする朝鮮王朝において、個人的に仏教を篤く信仰し、寺院の建立や仏典の刊行などを支援しました。
  • 評価: 王位簒奪という非道な手段を用いたため、後世の評価は厳しく、暴君とされることもあります。しかし、強力なリーダーシップで国家の基盤を固め、法典編纂を進めた点などは評価されています。
  • 関連作品: 『王女の男』、『王と妃』、映画『観相師 -かんそうし-』(2013) など。多くの場合、冷酷な野心家として描かれます。

第8代 睿宗(예종:イェジョン)

  • 在位: 1468年 – 1469年
  • 概要: 世祖の次男。兄(懿敬世子)が早世したため世子となりましたが、父の死後即位したものの、自身も若くして(19歳)、在位わずか13ヶ月で病死しました。
  • 関連作品: 『王と妃』、『インス大妃』(2011-2012) など。

文治政治の完成と波乱の兆し

第9代 成宗(성종:ソンジョン)

  • 在位: 1469年 – 1494年
  • 概要: 睿宗の甥(早世した懿敬世子の次男)。叔父・睿宗が若くして亡くなったため、祖母である貞熹王后(世祖の妃)の指名により13歳で即位。治世初期は貞熹王后による垂簾聴政(すいれんちょうせい:幼い王に代わり母后などが政治を行うこと)が行われました。成人後は、学問を好み、穏健な文治政治を推進しました。
  • 主な功績・出来事:

    • 経国大典の完成・頒布: 世祖の代から編纂が進められていた朝鮮王朝の基本法典『経国大典』を完成させ、公布しました。これにより、国家の統治体制が確立されました。
    • 文治政治の推進: 儒教に基づく理想的な政治を目指し、文化・学術を奨励しました。廃止されていた集賢殿に代わる機関として弘文館(ホンムングァン)を設置。
    • 士林派の登用: 地方の在野の儒教学者グループである士林派(サリムパ)を積極的に中央政界に登用し始めました。これは後に、既存の勲旧派(フングパ:建国や王位簒奪の功臣)との対立を生む要因ともなります。
  • 評価: 朝鮮王朝前期における最も安定した治世の一つと評価され、文化的な爛熟期を迎えました。
  • 関連作品: 『王と私』(2007-2008)(宦官キム・チョソンの視点から)、『王と妃』、『インス大妃』など。比較的穏やかな君主として描かれることが多いですが、後の燕山君の悲劇に繋がる廃妃尹氏(ユンシ)の問題も抱えていました。

第10代 燕山君(연산군:ヨンサングン)

  • 在位: 1494年 – 1506年
  • 概要: 成宗の長男。母は、嫉妬深い性格などが原因で王妃の位を剥奪され、毒殺された廃妃尹氏(ペビユンシ)。即位当初は比較的安定した政治を行っていましたが、次第に生母の死の真相を知り、狂気に走ります。贅沢三昧を好み、諫言する臣下を弾圧し、多くの人々を粛清しました。朝鮮王朝史上、最悪の暴君として知られ、最終的にはクーデター(中宗反正:チュンジョンパンジョン)によって王位を追われました。王としての廟号(~祖、~宗)を持たず、「燕山君」という君号で呼ばれます。
  • 主な出来事:

    • 戊午士禍(ムオサファ、1498年): 士林派の史官が、世祖の王位簒奪を批判的に記述した史草(歴史記録の草稿)が問題となり、多くの士林派が粛清されました。
    • 甲子士禍(カプチャサファ、1504年): 生母・廃妃尹氏の事件に関わったとされる勲旧派・士林派の官僚たちを、拷問の末に大量に処刑・流罪にしました。祖母(インス大妃)も衝撃で亡くなったと言われます。
    • 興清(フンチョン)の導入: 全国の美女や妓生を集めて宮中に置き、遊興にふけりました。
    • 中宗反正(1506年): 度重なる暴政に対し、朴元宗(パク・ウォンジョン)ら勲旧派の重臣たちがクーデターを起こし、燕山君は廃位され、江華島に流刑となりました。
  • 関連作品: 映画『王の男』(2005)、ドラマ『七日の王妃』(2017)、ドラマ『逆賊-民の英雄ホン・ギルドン-』(2017) など。多くの場合、狂気と孤独を抱えた暴君として描かれます。

士禍と党争の時代へ

第11代 中宗(중종:チュンジョン)

  • 在位: 1506年 – 1544年
  • 概要: 成宗の次男で、燕山君の異母弟。燕山君がクーデターで廃位された後、功臣たちによって王に擁立されました。そのため、治世初期は反正功臣たちの力が強く、思うような政治ができませんでした。後に、新進気鋭の士林派の学者・趙光祖(チョ・グァンジョ)を登用し、道徳に基づいた急進的な改革(至治主義)を進めようとしますが、旧来の勲旧派の反発を買い、趙光祖をはじめとする多くの士林派が粛清される「己卯士禍(キミョサファ、1519年)」が起こります。
  • 評価: 自身の意思とは別に王となり、功臣と改革派の間で苦悩した、やや影の薄い王という印象を持たれがちです。しかし、彼の時代に活躍した人物を描いたドラマは多くあります。
  • 関連作品: 『宮廷女官チャングムの誓い』(2003-2004)、『女人天下』(2001-2002)、『ファン・ジニ』(2006)、『師任堂(サイムダン)、色の日記』(2017)、『七日の王妃』(中宗の最初の王妃・端敬王后の物語)など。

第12代 仁宗(인종:インジョン)

  • 在位: 1544年 – 1545年
  • 概要: 中宗の長男(母は章敬王后尹氏)。非常に温和で親孝行な性格であったと伝えられています。世子時代から病弱であり、父・中宗の死後、王位を継ぎましたが、わずか8ヶ月(数え年)で病死してしまいました。彼の死は、継母である文定王后(ムンジョンワンフ)やその弟・尹元衡(ユン・ウォニョン)らによる毒殺説も根強くあります。
  • 関連作品: 『天命』(2013)、『女人天下』など。

第13代 明宗(명종:ミョンジョン)

  • 在位: 1545年 – 1567年
  • 概要: 中宗の次男(母は文定王后尹氏)で、仁宗の異母弟。兄・仁宗が世継ぎを残さずに早世したため、12歳という若さで即位しました。そのため、治世の初期(約20年間)は、母である文定王后による垂簾聴政が行われました。この期間は、文定王后とその弟の尹元衡ら外戚(母方の親戚)が権力を掌握し、専横を極めました。
  • 主な出来事:

    • 乙巳士禍(ウルササファ、1545年): 即位直後、尹元衡ら(小尹派)が、仁宗の母方の外戚である尹任(ユン・イム)ら(大尹派)を粛清した事件。多くの士林派も巻き込まれました。
    • 文定王后の仏教擁護: 儒教中心の朝鮮において、仏教を篤く信仰していた文定王后は、一時的に仏教を保護する政策をとりました。
    • 外戚政治の弊害: 尹元衡らの専横により、政治は乱れ、民衆の生活は困窮しました。義賊・林巨正(イム・コッチョン)の活動が活発化したのもこの時代です。
  • 関連作品: 『オクニョ 運命の女(ひと)』(2016)、『女人天下』など。

第14代 宣祖(선조:ソンジョ)

  • 在位: 1567年 – 1608年
  • 概要: 中宗の孫(父は徳興大院君)。明宗に世継ぎがいなかったため、傍系から初めて王位を継いだ人物。16歳で即位。治世初期は士林派を重用し、政治の刷新を図ろうとしましたが、やがて士林派が政策や人事をめぐって分裂し、激しい派閥争い「党争(당쟁:タンジェン)」が始まってしまいます(東人派と西人派の対立)。
  • 主な出来事:

    • 党争の激化: 東人と西人の対立が深まり、政治的な混乱が続きました。
    • 壬辰倭乱(イムジンウェラン、1592-1598年): 豊臣秀吉による朝鮮侵略(文禄・慶長の役)。開戦当初、朝鮮軍は連敗し、宣祖は首都・漢陽(ソウル)を捨てて北へ避難(播遷:パチョン)しました。李舜臣(イ・スンシン)率いる水軍の活躍や、全国各地で起こった義兵(ウィビョン:民衆の義勇軍)の抵抗により、最終的に日本軍を退けましたが、国土は荒廃し、多くの人々が犠牲となりました。
    • 後継者問題: 壬辰倭乱の最中に、次男の光海君を世子に立てましたが、戦後に正室から嫡子の永昌大君(ヨンチャンデグン)が生まれると、後継者問題が再び複雑化しました。
  • 評価: 党争を収拾できず、壬辰倭乱という国難を招き、自身は避難するなど、指導力に疑問符がつく評価が多い一方、国難の中で苦悩した王としても描かれます。
  • 関連作品: 『不滅の李舜臣』(2004-2005)、『王の顔』(2014-2015)、『懲毖録』(2015)、『火の女神ジョンイ』(2013)、映画『バトル・オーシャン 海上決戦』(2014) など、壬辰倭乱を扱った作品に多く登場します。

第15代 光海君(광해군:クァンヘグン)

  • 在位: 1608年 – 1623年
  • 概要: 宣祖の次男(母は後宮の恭嬪金氏)。壬辰倭乱の際に世子として活躍し、父王の死後、紆余曲折を経て即位しました。戦争で疲弊した国家の再建に努め、現実的な政策を進めました。しかし、自身の王位を脅かす存在として、兄の臨海君(イメグン)や、異母弟で嫡子の永昌大君を殺害し、永昌大君の母である仁穆大妃(インモクテビ)を幽閉(廃母殺弟:ペモサルジェ)したことが、後に大きな批判を浴びます。
  • 主な功績・出来事:

    • 戦後復興: 荒廃した国土の復興に努め、戸籍の再整備や土地台帳の作成を行いました。
    • 大同法(대동법:テドンポプ)実施: 貢物を米で納めるようにした税制改革で、民衆の負担を軽減し、国家財政の安定化を図りました。(京畿道で試行)
    • 実利的な中立外交: 当時、勢力を強めていた後金(後の清)と、宗主国である明との間で、どちらか一方に偏らない現実的な中立外交を展開しました。
    • 医学書『東医宝鑑』編纂支援: ホ・ジュン(許浚)による朝鮮医学の集大成『東医宝鑑』の完成を支援しました。
    • 仁祖反正(インジョパンジョン、1623年): 廃母殺弟や中立外交政策に反発した西人派勢力がクーデターを起こし、光海君は廃位され、江華島、後に済州島へ流刑となりました。燕山君と同様、廟号を持たず「光海君」と呼ばれます。
  • 評価: かつては燕山君と並ぶ暴君とされてきましたが、近年では、現実的な政策や外交手腕が再評価される動きもあります。国難の時代に国政を担ったものの、政争に敗れた悲劇の君主という側面も強調されます。
  • 関連作品: 映画『王になった男』(2012) 及びそのドラマ版『王になった男』(2019)、ドラマ『華政(ファジョン)』(2015)、ドラマ『ホジュン~伝説の心医~』(2013) など。近年、主人公として描かれる機会が増えています。

【会話例:好きな王様は?】

가: 언니 조선의 왕으로 누구를 좋아해?
お姉ちゃんは朝鮮王朝の王では誰が好き?

나: 나는 역사에 대해 관심이 없어서…
私は歴史には関心ないから・・・

가: 그럼 언니는 누구를 좋아해?
じゃあ、お姉ちゃんは誰が好き?

나: 나는 2PM을 좋아해.
私は2PMが好き!

まとめ:波乱万丈の朝鮮王朝前期を知る

朝鮮王朝の初代・太祖から第15代・光海君までの道のりは、王朝の基盤が築かれた輝かしい時代から、王位をめぐる骨肉の争い、士林派の台頭と弾圧(士禍)、そして壬辰倭乱という未曽有の国難、党争の始まりと、まさに波乱万丈の連続でした。

それぞれの王が置かれた状況、その功績と限界、そして人間的な苦悩を知ることで、韓国の歴史への理解が深まるだけでなく、韓国時代劇ドラマや映画をより一層楽しめるようになるはずです。今回ご紹介したのは朝鮮王朝前期の王たちですが、この後も魅力的な(そして個性的な)王たちが登場します。ぜひ、あなたの「推し王」を見つけて、さらに深く朝鮮王朝の世界を探求してみてくださいね。

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ソヨン (서연) この記事を書いた人

講師歴20年超、ソウル出身のネイティブスピーカー。延世大学卒業後、明治大学で学ぶ。大阪朱友外語学院、アイザック外国語学校、龍谷大学外国語文化センター等での豊富な講師経験に加え、同時通訳経験も有する。
ネイティブならではの綺麗な標準語の発音指導。初級からビジネス、通訳レベルまで、学習者のレベルと目標に合わせた体系的かつ実践的なレッスン構築。
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