【韓国餅の世界】ソンピョン(松餅)とは?トックッから虹色の餅まで種類・歴史・文化を完全ガイド
目次
知っているようで知らない「韓国の餅(トック)」の世界へようこそ
日本で「お餅」と聞くと、お正月や冬の風物詩を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、韓国では餅、すなわち「떡(トック)」は季節を問わず、人々の暮らしのあらゆるシーンに深く根付いた、まさにソウルフードと呼べる存在です。お祝い事から日常のおやつ、さらには厄払いに至るまで、その役割は多岐にわたります。
この記事では、韓国ドラマや旅行で目にする多様な餅(トック)の世界を徹底的に探求します。特に、韓国のお盆「秋夕(チュソク)」に欠かせないソンピョン(松餅)を中心に、その種類、歴史、そして韓国文化における意味を深掘りしていきます。この記事を読み終える頃には、あなたも韓国の餅博士になっていることでしょう。より深く韓国文化を体験したい方は、韓国語教室で現地の習慣について学んでみるのもおすすめです。
餅は韓国人のソウルフード?日本との文化的な違い
日本の餅が「もち米」を蒸して搗く「つき餅」が主流であるのに対し、韓国の餅は主に「うるち米(맵쌀)」の粉を蒸して作る「蒸し餅(시루떡, シルトック)」と、もち米やうるち米を蒸した後に搗いて作る「つき餅(치는 떡, チヌン トック)」に大別されます。この原料と製法の違いが、日本の餅とは異なる、しっかりとした歯ごたえや多彩な食感を生み出しているのです。
また、日本ではお祝いの席で食べられることが多いですが、韓国では日常的な間食やカフェのスイーツメニューとしても絶大な人気を誇り、若者向けのモダンな餅専門店(떡집, トッチプ)も数多く存在します。このように、餅は伝統文化の象徴であると同時に、時代と共に進化し続ける身近な食べ物なのです。
この記事でわかること:餅の種類から文化的な背景まで
- お正月や引っ越しなど、シーン別に食べられる代表的な餅の種類と意味
- 秋夕(チュソク)の象徴「ソンピョン」の作り方、歴史、地域ごとの違い
- 餅に込められた韓国人の願いや価値観、そして迷信
- 伝統的な餅から現代のフュージョン餅までの進化
- 美味しいだけじゃない、餅にまつわる興味深いエピソード
それでは、さっそく韓国の餅(トック)の奥深い世界を覗いてみましょう。
行事と願いを彩る、代表的な韓国の餅(トック)の種類
韓国には200種類以上もの餅が存在すると言われています。ここでは特に人々の生活に密着した代表的なものを、より詳しくご紹介します。それぞれに特別な意味が込められており、その背景を知ることで、より一層味わい深く感じられるはずです。

新年の朝に食べるトックッは、一年の無病息災を願う特別な一杯です。
① トックッ(떡국):新年に一歳年をとる、厄除けの白いお雑煮
日本のお正月にお雑煮を食べるように、韓国では旧暦の1月1日に「トックッ」を食べます。これは、牛骨などで長時間煮込んだ濃厚な出汁(사골국물, サゴルクンムル)に、薄くスライスした餅を入れて煮込んだ、滋味深いスープ料理です。
この餅は가래떡(カレトック)と呼ばれる細長い白い餅を斜めに切ったもので、その形状や色には特別な意味が込められています。
- 長い形状:家族の健康と長寿を願う気持ち。
- 白い色:太陽の光を象徴し、一年の始まりに古い厄をすべて洗い流し、清らかな心で新年を迎えるという意味。
- 丸い(楕円の)形:昔のお金である葉銭(엽전)に似ていることから、一年間の富や豊かさへの願い。
韓国では「トックッを一杯食べると一歳年をとる」というユニークな数え方があり、子どもたちが早く大人になりたくて何杯もおかわりする、という微笑ましい光景は新年の風物詩です。また、地域によっては、トックッに餃子(マンドゥ)を入れた「トックマンドゥグク(떡만두국)」も非常に人気があります。

その名の通り虹のような美しい餅は、お祝いの席に華を添えます。
② ムジゲトック(무지개떡):お祝いの席を彩る、幸運の虹色餅
その名の通り「虹の餅」を意味する「ムジゲトック」は、米粉に様々な色の天然素材を混ぜて蒸し上げた、見た目も華やかな蒸し餅です。赤ちゃんの初誕生日(돌잔치, トルチャンチ)や結婚式の披露宴(폐백, ペベク)、還暦祝い(환갑, ファンガプ)など、盛大なお祝いの宴には欠かせない存在です。
この美しい色は、クチナシ(黄色)、ヨモギ(緑)、オミジャやビーツ(ピンク~赤色)など、すべて天然の素材から作られており、優しい甘さとほのかな香りが特徴です。幾重にも重なった色の層は、様々な福が重なり、虹のように明るい未来が訪れるようにという願いが込められています。その美しさから、近年では西洋風のケーキの代わりに、このムジゲトックをベースにした「餅ケーキ(떡 케이크)」も人気を集めています。
③ シルトック(시루떡):厄払いの小豆が決め手!引っ越し挨拶の定番
韓国の伝統的な餅の基本とも言えるのが「シルトック」です。「シルの(시루)」という伝統的な土製の蒸し器で作ることからこの名がつきました。特に、米粉の層の間にたっぷりの小豆を挟んで蒸した「パッ(小豆)シルトック(팥시루떡)」が最もポピュラーです。
昔から韓国では、赤い色を持つ小豆には悪鬼や災いを追い払う力があると信じられてきました。そのため、事業を始めるとき(開業式)、家を新築したとき、そして引っ越しをした後には、この小豆のシルトックを準備し、近所に配って挨拶回りをするという温かい風習がありました。これは「これからお世話になります」という挨拶と共に、「皆様にも福が訪れますように」というお福分け(情)の意味も持っています。現代ではこの風習は薄れつつありますが、今でも市場の餅屋では、湯気の立つ大きなパッルシルトックを見ることができます。
④ ペクソルギ(백설기):純粋無垢を象徴する、赤ちゃんの100日祝いの餅
「白い雪の餅」という意味を持つ「ペクソルギ」は、その名の通り、混じりけのない真っ白な蒸し餅です。うるち米の粉と砂糖、水だけで作られ、その素朴で優しい甘さが特徴です。この餅の純白は、純粋無垢と神聖さを象徴しており、特に赤ちゃんが生まれてから100日目のお祝い(백일, ペギル)には欠かせない食べ物です。このペクソルギを100人の人と分かち合って食べると、その子は健康で長生きできるという言い伝えがあり、多くの人に配る風習がありました。
⑤ インジョルミ(인절미):きな粉をまぶした、もちもち食感の定番おやつ
つき餅の代表格で、日本の安倍川餅によく似ているのが「インジョルミ」です。蒸したもち米を搗いて作り、食べやすい大きさに切ってから、香ばしい大豆の粉(콩가루, コンカル=きな粉)をたっぷりとまぶします。その素朴な甘さともちもちとした食感は、老若男女問わず愛される国民的なおやつです。専門店では、きな粉以外にも黒ごま(흑임자)や抹茶(녹차)、カステラのそぼろなどをまぶしたバリエーションも楽しめます。最近では、インジョルミのフレーバーを活かしたピンス(かき氷)やパン、マカロンなども登場し、若者の間でも再ブームとなっています。
⑥ ヤクシク(약식):ナッツとドライフルーツがぎっしり!栄養満点の甘いおこわ
「薬食」という名前の通り、体に良い材料で作られた餅(正確にはおこわ)が「ヤクシク」です。もち米を醤油、黒糖、ごま油などで味付けし、栗、なつめ、松の実、レーズンなどのナッツやドライフルーツを混ぜ込んで蒸し上げます。もっちりとした食感と深い甘み、そして様々な材料の風味が合わさった複雑な味わいが特徴で、お祝い事の料理の一つとして、また栄養価の高い贈答品としても重宝されます。特に、一年の健康を願う小正月(チョンウォルテボルム、旧暦1月15日)によく食べられます。
【徹底深掘り】秋夕(チュソク)の象徴「ソンピョン(松餅)」のすべて
数ある韓国の餅の中でも、特に文化的・歴史的な意味合いが深いのが、秋夕(チュソク)に食べられる「ソンピョン(松餅)」です。ここでは、ソンピョンの魅力をあらゆる角度から解き明かしていきます。

秋夕の前日、家族でソンピョンを作る時間は、世代を超えた大切なコミュニケーションの場です。
ソンピョン(松餅)とは?味も形も地域で違う奥深さ
ソンピョンは、その年に収穫された新米(햅쌀, ヘプッサル)のうるち米粉を熱湯でこねて生地を作り、その中に様々な餡を入れて半月型に成形し、松葉を敷いて蒸した餅です。「松餅」という名前は、この松葉に由来します。蒸す際に松葉の持つフィトンチッドの爽やかな香りが餅に移り、抗菌作用をもたらすとともに、餅同士がくっつくのを防ぐ役割も果たします。
ソンピョンの代表的な餡(소, ソ)
中に入れる餡は家庭や地域によって様々で、それぞれの家の「味」があります。
- ゴマと砂糖(깨):最もポピュラー。香ばしいすりごまと砂糖、少々の塩を混ぜた甘じょっぱい餡。
- 甘い豆(동부콩):甘く煮た豆を入れた、優しい味わい。
- 栗(밤):生の栗を細かく刻んだものや、甘く煮た栗を入れる。ほくほくとした食感が楽しめる。
- 緑豆(녹두):皮をむいた緑豆を蒸して作った、さっぱりとした餡。ソウルなど北部地域で好まれる。
生地自体も、ヨモギ(쑥)を混ぜて緑色にしたり、カボチャ(호박)で黄色に、紫芋(자색고구마)で紫色にしたりと、カラフルに作られることが多く、見た目にも楽しい餅です。形もソウル・京畿道地方の小さな半月型が有名ですが、江原道では指の跡をつけた形、忠清道ではかぼちゃのような形、全羅道では花のような形など、地域性が表れるのも面白い点です。
家族の絆を深めるソンピョン作りと「かわいい娘が産まれる」言い伝え
秋夕の前日になると、多くの家庭で家族総出のソンピョン作りが始まります。これは単なる料理ではなく、一年の収穫をご先祖様と神様に感謝し、家族の絆を再確認するための大切な儀式です。
このソンピョン作りには、有名な言い伝えがあります。それは、「ソンピョンを綺麗に作れると、良い相手と結ばれて、可愛い娘が産まれる」というもの。そのため、特に未婚の女性たちは、誰が一番上手に作れるか競い合ったといいます。子供の頃、母親からこの言葉を聞かされ、不器用な手で一生懸命ソンピョンをこしらえたという思い出は、多くの韓国人にとって共通のノスタルジーです。この言い伝えは、女性の器用さや家庭的な素養を重んじた、昔の価値観を反映しているとも言えます。
なぜ半月の形?三国時代の歴史が息づくソンピョンの起源
ソンピョンの特徴的な半月型は、単なるデザインではありません。その起源は、今から1300年以上も前の三国時代(高句麗・百済・新羅)にまで遡ります。
百済の最後の王である義慈王の時代、宮殿の地中から現れた亀の甲羅に「百済は満月、新羅は半月」と刻まれていました。これを不審に思った王が占術師に尋ねると、「満月である百済はこれから欠けていき衰退し、半月である新羅はこれから満ちていき天下を取るだろう」と予言しました。そして、その予言通り、新羅が三国を統一したのです。
この逸話から、未来への希望と発展を象徴する「半月」の形をしたソンピョンが作られるようになり、より良い未来を願う食べ物として定着したと言われています。満ち足りた状態(満月)に満足するのではなく、これから満ちていく可能性(半月)に希望を見出す、という韓国人の価値観が表れています。
アジアで繋がるお月見文化:日本の「月見団子」と中国の「月餅」
韓国がソンピョンを食べる秋夕(旧暦8月15日)は、日本では「中秋の名月」にあたり、月見団子を食べる習慣があります。また、中国でも同じ日に「中秋節」を祝い、「月餅(げっぺい)」を家族で分かち合います。
満月を模した日本の月見団子や中国の月餅に対し、韓国のソンピョンが「半月」である点は非常に興味深い違いです。これらは、同じ月を愛でる文化圏にありながら、それぞれの国の歴史や価値観が食文化に反映された結果と言えるでしょう。自然の恵みに感謝し、家族の幸せを願う心は、国は違えど共通しています。
美味しいけど要注意?ソンピョンのカロリーと韓国人の本音
ごまや砂糖、豆などがたっぷり入ったソンピョンは、ついつい手が伸びてしまう美味しさですが、実はなかなかの高カロリー食品です。一般的に、ソンピョン5〜6個で、ご飯一杯分(約300kcal)に相当すると言われています。
秋夕の連休中は、ソンピョン以外にもカルビチムやチャプチェ、チヂミなど、油を使ったご馳走が食卓に並ぶため、「チュソク太り」は多くの韓国人にとって悩みの種。「お正月太りより、チュソク太りを解消する方が大変」という冗談が交わされるほど、美味しくも悩ましい、秋夕の風物詩となっています。
会話で学ぶソンピョン作り:親子の大切な時間
母親: 지우야, 송편 빚자. (ジウヤ、ソンピョン ピッチャ / ジウ、ソンピョン作ろうね。)
ジウ: 엄마, 이렇게 많이 만들어요?! (オンマ、イロッケ マニ マンドゥロヨ?! / ママ、こんなにたくさん作るの?!)
母親: 친척들도 많이 오니까 넉넉히 만들어야지. (チンチョクドゥルド マニ オニカ ノンノッキ マンドゥロヤジ / 親戚も大勢来るから、たっぷり作らなきゃ。)
ジウ: …아이고 허리야~ (대충대충 만듦) (…アイゴ ホリヤ〜 (テチュンテチュン マンドゥム) / …あぁ、腰が痛い〜 (適当に作る))
母親: 얘, 송편을 예쁘게 만들어야 시집 잘 가서 예쁜 딸 낳는다고 했지! (イェ、ソンピョヌル イェップゲ マンドゥロヤ シジプ チャル カソ イェップン タル ナンヌンダゴ ヘッチ! / こら、ソンピョンを綺麗に作れば、良いところにお嫁に行って可愛い娘を産むって言ったでしょ!)
ジウ: 알았어요. 예쁘게 만들게요. (アラッソヨ。イェップゲ マンドゥルケヨ / わかったわよ。綺麗に作るわよ。)
このような会話は、多くの韓国の家庭で繰り広げられてきた心温まる風景です。ソンピョン作りは、ただの作業ではなく、文化や家族の愛情を次世代に伝える大切な時間なのです。
まとめ:韓国の餅(トック)を知れば、韓国文化がもっと好きになる
今回は、韓国の食文化に欠かせない「餅(トック)」、特に秋夕の象徴である「ソンピョン」について詳しくご紹介しました。
- 韓国の餅は、お祝い事から日常のおやつ、厄払いまで、人々の暮らしに密着したソウルフードである。
- 新年のトックッ、お祝いのムジゲトック、厄払いのシルトックなど、種類ごとに特別な意味が込められている。
- 秋夕のソンピョンは、新米の収穫に感謝し、家族の絆を深め、未来への希望を願う、歴史と文化が詰まった餅である。
- その半月型には、三国時代の逸話が由来しており、満月に向かっていく発展の願いが込められている。
- 伝統を守りつつも、餅ケーキやフュージョンスイーツなど、現代的に進化し続けている。
一つ一つの餅に込められた物語を知ることで、韓国ドラマの食事シーンや、韓国旅行で出会うおやつが、これまでとは違って見えるかもしれません。ぜひ、次に韓国の餅を食べる機会があれば、その背景にある文化や人々の願いに思いを馳せてみてください。その一口が、あなたをより深い韓国文化の世界へと誘ってくれるはずです。