【徹底比較】韓国語と朝鮮語の違いとは?発音・単語・ハングル語の真相まで解説
ニュースやインターネットで当たり前のように目にする「韓国語」と「朝鮮語」。どちらも同じ「ハングル」という文字を使っているため、同じ言語だと考えている方も多いのではないでしょうか。しかし、かつて一つの国だった朝鮮半島で話されていた言葉は、歴史の大きなうねりの中で二つに分かれ、それぞれ独自の道を歩んできました。その結果、発音や単語、さらには文法にも無視できない違いが生まれています。この記事では、韓国語学習者が抱く「朝鮮語とどう違うの?」「北朝鮮で韓国語は通じるの?」「そもそも”ハングル語”って何?」といった素朴な疑問に、8000字を超えるボリュームで徹底的に、そして分かりやすくお答えします。この違いを深く知ることは、言語への理解を一層深め、より豊かなコミュニケーションへの扉を開く鍵となるでしょう。
目次
韓国語と朝鮮語:二つの呼称が生まれた歴史的背景
まず、なぜ「韓国語」と「朝鮮語」という二つの呼び方が存在するのか、その歴史的背景から解き明かしていきましょう。この名称の違いは、単なる呼び方の問題ではなく、20世紀の朝鮮半島が経験した激動の歴史と分かちがたく結びついています。
朝鮮半島の分断:一つの言語が二つの名を持つまで
もともと朝鮮半島では、地域による方言はありつつも、一つの共通言語が話されていました。しかし、1945年の第二次世界大戦終結後、事態は一変します。日本の統治から解放された朝鮮半島は、北緯38度線を境界として、北側をソビエト連邦、南側をアメリカ合衆国が統治することになりました。そして1948年、南に大韓民国(韓国)、北に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)という二つの国家が樹立され、民族と国土、そして言語が政治的に分断されるという悲劇に見舞われます。
この国家の分断に伴い、言語の呼称も分かれました。
- 韓国語 (한국어 / Hangugeo): 大韓民国(韓国)で公用語として話されている言語を指します。韓国では自国を「대한민국(大韓民国)」または「한국(韓国)」と呼ぶため、その言語も「韓国語」となります。
- 朝鮮語 (조선어 / Joseoneo): 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)で公用語として話されている言語を指します。北朝鮮では自国を「조선민주주의인민공화국(朝鮮民主主義人民共和国)」または単に「조선(朝鮮)」と呼ぶため、その言語も「朝鮮語」となります。
ちなみに、日本や中国では、歴史的な経緯から朝鮮半島全体の言語を指して「朝鮮語」と呼ぶことが学術的には一般的です。しかし、現代の日本ではK-POPや韓国ドラマの影響で「韓国語」という呼称が広く浸透しています。
分断後の言語政策:それぞれの道を歩んだ言葉たち
分断後、70年以上の歳月が流れる中で、両国の言語はそれぞれの政府の言語政策や社会情勢の影響を受け、独自の変化を遂げてきました。韓国では、アメリカをはじめとする西側諸国の影響で英語からの外来語を積極的に受け入れました。一方、北朝鮮では、言語の純化を推し進め、外来語、特に英語由来の言葉を排除し、固有語や新しい造語に置き換える政策を取りました。この言語政策の違いが、後述する語彙の大きな差異を生む原因となったのです。
決定的な違いはどこに?韓国語 vs 朝鮮語 徹底比較
それでは、具体的に韓国語と朝鮮語にはどのような違いがあるのでしょうか。「発音」「語彙」「表記」の3つの主要な観点から、その違いを詳しく見ていきましょう。
3.1. 発音の違い:最も有名な「頭音法則」
発音における最も顕著で、学習者が最初に気づく違いが、韓国語に存在する「頭音法則(두음법칙)」の適用の有無です。
頭音法則とは?
頭音法則とは、特定の漢字語が単語の先頭(語頭)に来る場合、本来の読みである「ㄹ(r/l)」や「ㄴ(n)」の音が発音しづらいという理由から、別の音に変化する、あるいは脱落するという韓国語特有の音韻規則です。「ㄹ」は「ㄴ」または「ㅇ(無音価)」に、「ㄴ」は「ㅇ」に変化します。一方、朝鮮語ではこの頭音法則を原則として適用せず、漢字本来の読みに近い発音を維持します。
3.1.2. 具体的な単語の例
この法則が適用されると、同じ漢字の単語でも南北で全く異なる発音になります。

頭音法則の例:同じ「女子」という漢字でも韓国では「여자(ヨジャ)」、北朝鮮では「녀자(ニョジャ)」と発音される
意味 | 韓国語(頭音法則あり) | 朝鮮語(頭音法則なし) | 元の漢字 |
---|---|---|---|
女子 | 여자 (ヨジャ) | 녀자 (ニョジャ) | 女子 |
来年 | 내년 (ネニョン) | 래년 (レニョン) | 来年 |
歴史 | 역사 (ヨッサ) | 력사 (リョッサ) | 歴史 |
労働 | 노동 (ノドン) | 로동 (ロドン) | 労働 |
李(姓) | 이 (イ) | 리 (リ) | 李 |
このように、人の名前でさえ発音が変わってしまうことがあります。脱北者のドキュメンタリーなどで、韓国の有名人「イ・ヒョリ」さんを北朝鮮出身者が「リ・ヒョリ」と呼ぶ場面が見られるのは、この頭音法則の違いによるものです。
3.2. 語彙の違い:外来語と固有語のせめぎ合い
語彙(単語)の違いは、おそらく南北の言語差で最も大きい部分でしょう。これは、前述した分断後の言語政策が直接的な原因となっています。
3.2.1. 韓国語:英語からの借用語が溢れる
韓国では、科学技術、文化、日常生活のあらゆる場面で英語由来の外来語がそのままハングル表記で使われています。
- ジュース → 주스 (ジュス)
- コンピューター → 컴퓨터 (コンピュータ)
- ストレス → 스트레스 (ストゥレス)
3.2.2. 朝鮮語:言語純化運動と「文化語」
一方、北朝鮮では「文化語(문화어)」と呼ばれる標準語を定め、外来語をできる限り排除し、固有語を使うか、なければ新しい言葉を造ってきました。その結果、韓国では当たり前に使われるカタカナ語の多くが通じません。
3.2.3. 同じ意味でも全く違う単語の例
この方針の違いにより、日常的な単語でさえ全く異なる言葉が使われています。

語彙の違い:韓国語では「아이스크림(アイスクリム)」、朝鮮語では「얼음보숭이(オルムボスギ)」と呼ぶ
意味 | 韓国語 | 朝鮮語 |
---|---|---|
アイスクリーム | 아이스크림 (アイスクリム) | 얼음보숭이 (オルムボスギ) |
サッカー | 축구 (チュック) | 축구 (チュック) ※北も使うが、발로공차기 (パルロコンチャギ)とも言う |
シャンプー | 샴푸 (シャンプ) | 머리비누 (モリビヌ) (直訳: 頭石鹸) |
ブラジャー | 브래지어 (ブラジョ) | 가슴띠 (カスムティ) (直訳: 胸帯) |
3.3. 表記とイントネーションの細かな違い
発音や語彙ほど大きな差ではありませんが、表記法やイントネーションにも違いが見られます。
- 分かち書き (띄어쓰기): 韓国語では依存名詞(例: 것, 수, 뿐)は前の単語と分かち書きするのが原則ですが、朝鮮語ではくっつけて書く傾向があります。これは文法規範の違いによるものです。
- イントネーション: 朝鮮語のイントネーションは、韓国語(ソウル標準語)に比べて抑揚が強く、やや硬くて力強い印象を与えると言われています。これはロシア語の影響や、演説などでの独特な話し方の影響も考えられます。
「ハングル語」という呼び方は正しいの? よくある誤解を解消!
さて、ここで日本でよく聞かれる「ハングル語」という言葉について考えてみましょう。韓国語を習っていると言うと、「ハングル語できるんだ、すごいね!」と言われた経験がある方もいるかもしれません。しかし、この「ハングル語」という呼び方は、厳密に言うと正しくありません。

ハングルは言語名ではなく、日本語の「ひらがな」にあたる「文字」の名前です
4.1. ハングルは「文字」の名前、言語の名前ではない
結論から言うと、ハングル(한글)は、韓国・北朝鮮で使われる「文字体系」の名前です。これは、私たちが使う「ひらがな」「カタカナ」「漢字」と同じカテゴリーに属します。
私たちが話す言語を「ひらがな語」や「漢字語」と呼ばないのと同じで、「韓国語」や「朝鮮語」を「ハングル語」と呼ぶのは、ネイティブからすると少し奇妙に聞こえます。「文字の名前+語」という組み合わせが不自然なのです。
4.2. なぜ「ハングル語」と呼ばれるようになったのか?
では、なぜ日本ではこの呼称が広まったのでしょうか。いくつかの説が考えられます。
- ハングルという文字のインパクトが強く、言語そのものの代名詞として認識された。
- かつてNHKの語学講座の名称が「アンニョンハシムニカ ~ハングル講座~」であったことから、「ハングル=言語」というイメージが定着した。
- 「韓国語」と「朝鮮語」という政治的な背景を持つ二つの呼称を避け、中立的な表現として「ハングル語」が使われるようになった。
悪気なく使われていることは明らかですが、言語を学ぶ者としては、正しい呼称である「韓国語」または「朝鮮語」を使うのが望ましいでしょう。
【学習者のギモン】結局、韓国語は北朝鮮で通じるのか?
ここまで南北の言語の違いを見てきましたが、学習者として最も気になるのは「自分が学んだ韓国語は、北朝鮮の人にどのくらい通じるのか?」という点でしょう。
5.1. 基本的な意思疎通は十分に可能
結論から言えば、基本的な日常会話レベルであれば、十分に意思疎通は可能です。これは、方言の差はあれど、文法の根幹や基礎的な語彙の多くは共通しているためです。挨拶や自己紹介、簡単な質問や応答であれば、大きな問題なくコミュニケーションが取れるでしょう。それは、東京の人が大阪や福岡の人と問題なく話せるのと同じ感覚に近いかもしれません。
5.2. 会話が困難になるケースとは?
しかし、会話の内容が専門的になったり、現代的なトピックになったりすると、途端に意思疎通が難しくなる場面が出てきます。
- 外来語の壁: 韓国語話者が無意識に使う「스트레스(ストレス)」や「다이어트(ダイエット)」といった単語は、朝鮮語話者には通じません。相手は「그게 무슨 말입니까?(それはどういう意味ですか?)」と聞き返すことになるでしょう。
- 文化的背景の壁: K-POP、インターネットスラング、最新のテクノロジーに関する話題などは、文化や社会システムが大きく異なるため、単語レベルだけでなく概念そのものが共有されていない可能性があります。
まとめ:違いを理解し、より深い言語学習の世界へ
今回は、「韓国語」と「朝鮮語」の違いについて、歴史的背景から発音、語彙、そして学習者の疑問に至るまで、多角的に掘り下げてきました。
この記事のポイント
- 呼称の違い:韓国では「韓国語」、北朝鮮では「朝鮮語」と呼ばれる。これは政治的分断が原因。
- 最大の違いは「頭音法則」と「語彙」:韓国語は頭音法則を適用し外来語が多い。朝鮮語は頭音法則を適用せず固有語を重視する。
- 「ハングル語」は間違い:ハングルは言語名ではなく「文字」の名前。
- 意思疎通は可能:基本的な会話は通じるが、外来語や専門的な話題では困難が生じる。
元は一つの言語であった韓国語と朝鮮語。その違いを知ることは、単に知識を増やすだけでなく、朝鮮半島の歴史や文化、人々の暮らしに思いを馳せるきっかけにもなります。言語は生き物であり、社会と共に変化し続けます。私たちが韓国語を学ぶ際には、このような言葉の背景にも目を向けることで、より立体的で深い理解を得ることができるでしょう。